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代表の略歴


 代表の中村です。
 私は、2004年より小さなコンサルティング会社を経営しているものです。
がんになるまで、大きな病気を経験したこともなく自分では健康だと過信し日々を過ごしておりました。
健康が当たり前の感覚ですから、体を労わる、健康に気を付けるということは無縁で、健康が当たり前という感覚しか持っていませんでした。
「がん」を発病し、一時は余命宣告まで受け、闘病生活をする中で、物事の価値観などが少し変わっように思います。自分が「がん」の治療で実体験したこと、「がん」になって調べたこと、あまりにも知られていない適切な治療を受けるためのノウハウを、一人でも多くの人に知ってほしい、私と同じような苦労を1人でもしないで欲しいと思う一念で、キャンサーネットワークを設立し活動をおこなっています。




「がんの経緯」

● 診断までの経緯
 今まで大きな病気もなく健康には無頓着(健康なのが当たり前という感覚)だったため、体調の悪さを感じていましたが、仕事も忙しく 病院嫌いということもあり、なかなか病院に行かなかったのですが、あまりにも体調がおかしい、体に痛みもある、そけい部に大きな腫れができているということで、2008年10月 近所の総合病院に診察に行ったのが「がん」との関係の始まりでした。

総合病院で血液検査、CT検査をおこなったところ、悪性リンパ腫の可能性がある。大きな病院ですぐに検査した方が良いと言われ、翌日 大学病院を訪れ 約2か月にわたる全身検査をおこないました。
検査は、血液検査からはじまり、生検2回、CT検査、ガリウムシンチ、内視鏡検査(食道、胃、十二指腸、大腸)などの検査をおこない、ようやく診断結果が出ましたが、悪性リンパ腫(ホジキン種、T細胞型リンパ腫)、未分化がん(原発不明)で全身の複数個所に転移しており末期、余命3か月(もって半年)という診断を受けました。
その当時には、体の痛みも強く 病院では治療方針を出せない(何から手を付けて良いかわからない)との事で、がんの専門病院にセカンドオピニオンを受けるように言われ、2008年クリスマスイブにセカンドオピニオンを受診しました。

大学病院では、人生初めての余命宣告を受け、仕事も止めて 身辺整理をすることだけが頭にあり、残された時間の中で、どこまで整理できるかということが意識の中心だったように記憶しています。

セカンドオピニオンでは、もし、未分化がんであれば、自力で病院まで歩いてこれていない。ホジキン種の可能性が高く、治せるかも知れないとのことで、翌年の2009年年明けよりセカンドオピニオン先の病院で全ての再検査をおこない治療に入りました。



● 再検査と治療
 がん専門病院では、再度の全身検査(血液検査、CT検査、PET検査、マルク検査、生検3回、MRI検査、エコー検査、レントゲン、腫瘍マーカー検査など)をおこない、ようやく治療に入りました。
最初に体調不良があった時から時間も経っており、そけい部の腫れも大きくなって右足に血流障害がおこって腰から下がパンパンに腫れ上がっていました。確実な生検をおこなう目的と、血流障害となっている右そけい部の腫瘍を取れるだけ取ろうということで、そけい部の巨大な腫瘍を全身麻酔を使った本格的な外科手術で取ることになりました。
外科手術では、2週間の入院となりましたが そけい部の腫瘍は1kg以上の摘出となりました。

 その後、悪性リンパ腫(亜種「特殊な」のホジキン種 W期、全身の転移が4か所)という診断結果が出され、治る可能性があるということで本格的な抗がん剤治療に入りました。
また、血糖値が高く糖尿病予備軍との事で、血糖値コントロール治療も同時に始めることになりました。
このころには、治るかもしれないという思いが強く、ようやくがん治療に向き合えるようになったと思います。

最初の抗がん剤治療は、1コース(2回の抗がん剤治療)を入院でおこないましたが、大きな副作用もなく楽勝と思っていました。また、治療がはじまったことで 本格的な痛み止めを処方されたこともあり、けっこう快適な状態で、治療中に仕事が再開できそうだと思えるほどでした。
その後、抗がん剤治療を続ける毎に副作用が強くなり、最後の抗がん剤治療までに3回の入退院と通院を繰り返しました。抗がん剤は、摂取する回数が増えるごとに色んな副作用が現れ、脱毛、食欲不振、嘔吐、倦怠感、末梢神経の麻痺などが強く現れ、通院治療をおこなっている期間中は、ほぼ自宅で寝たきりの状態でした。食欲もない、倦怠感が強い、手足の痺れでコップもペンも持てない、痺れで歩けないという状況が続いていました。治療の後半は病院内では歩行器や車いすを使い、通院時は、杖を使って歩くのもやっとの状態で、500mを歩くのに40分以上もかかるような状態でした。



● 寛解からその後
 最後の入院は2009年8月でした。最終検査では転移しているがんも認められなくなったとのことで、ようやく寛解の診断が出され、それ以降3か月に1度の再発検査をおこなっています。
おそらく血糖値の関係だと思いますが、片目が白内障を起こしていたので 白内障手術も退院後におこないました。退院後も、体調不良や手足の痺れとむくみは続いており、本当にゆっくり副作用が少なくなっているという状態です。
そんな状態ですから、退院後も すぐに仕事に復帰できる訳でもなく、体力が落ちていたり足の痺れなどもあるため、ほとんどの時間をリハビリに当てました。毎日少しずつ杖を使い歩く事が日課でした。最初は、亀のようなスピードで5分歩くと、10分休憩しなければならない状態でした。
数か月前から、ようやく杖が必要なく歩行できるように回復し、まだ手足の痺れはありますが、ようやく徐々に仕事ができる状態になりました。
まだまだ、完治までの道のりは長いですが、再発の恐怖を持ちながら、元気に日々の生活をおくっています。



● 2010年12月
 手足の痺れも少なくなり、少しの浮腫みは残るものの 元気に生活をしています。
現在も3か月に1度の再発検査は続いています。次回検査結果が良ければ、半年毎の検査になりそうです。知らない人が見れば、過去に そんな大病をしたことは分からない位に回復しました。
抗がん剤が全身から抜けるのは、3年以上かかると聞いたことがありますが、本当に少しずつ体調も回復していることが自分でわかります。治療中は落ちていた気力も戻ってきました。
適切な治療を受ければ がんが治ること、早期発見の必要性を実感できるようになりました。
そして、治療期間が長期化すると社会復帰が難しいことも知りました。



● 2012年4月現在
 寛解から2年以上が過ぎ、再発検査が半年毎となりました。
手足の痺れも少なくなり、浮腫みはほとんど無くなりました。ようやく抗がん剤が身体から抜けてきたように思いますが、未だに爪の根元に半月は現れません。まだ、健康体とは言えないのでしょう。
仕事などで少しの無理も普通にできるようになり、元気に過ごしています。


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